創業の精神SPIRIT

ひとを愛し仕事を愛する、創業の精神
すべてのはじまりは小さな一軒家から

 アルファクラブグループの創設者 和田兼保氏は、明治44年(1911年)1月5日神奈川県足柄上郡上秦野村(現・秦野市)で誕生しました。小田急電鉄に勤務し事故係を担当していたこともあり、退社後その経験が後の葬祭業のきっかけとなり、昭和37年(1962年)6月に埼玉県川口市に「さがみ典礼」を創業しました。当初の事務所は、家族と暮らす一軒家の一室である小さな板の間。この一軒家に「葬儀さがみ典礼」と書かれた看板が掲げられた瞬間、それが現在のアルファクラブグループのはじまりなのです。


 当時、50歳を過ぎているにも関わらず、あらゆる業務に自ら進んで取り組み、仕事に明け暮れる毎日を過ごしていました。しかし、葬儀が入るのは月に1件程度。そんな時期が続く中、さがみ典礼の名を広める時が訪れました。それは、創業3年目に施行した交通事故で亡くなられた方々の葬儀でのことです。当時は自動車での死亡事故が少なく、この交通事故死は町中の話題となっていました。そこで、葬儀を執り行う「さがみ典礼」という名が同時に注目されたのです。やがて、今まで知られていなかった「さがみ典礼」のサービスの評判も広がり、地元住民や地元警察から高い評価を得ることとなりました。また、和田兼保氏の気さくな性格も、注目を集める要素の一つでした。壁のない人付き合い、弁舌さわやかで明るい会話、他人の悪口を言わず人を誉めることを心得た姿勢、都々逸や体芸などで人を笑わせる特技。太陽のように周囲を明るく照らし出す人柄と徹底したサービスにより、4年目には月30~40件もの葬儀が入るようになりました。



人々の心に生き続ける創業の精神

 毎日のように朝早く起きて、近所のお宅や畑仕事をする人、道ですれ違うご近所さまなど、あらゆる人々に挨拶をして回る。これが、和田兼保氏の外交でした。その外交は信頼と真心を生み出す結果となり、さらに地元住民から愛される存在となりました。そして、葬儀にて「さがみ典礼ただいまより戸田葬祭場にお預かり申し上げます」や、「私ども仏縁持って葬儀をさせて頂きましたさがみ典礼です」という挨拶も欠かしませんでした。このような挨拶による会社のPRや独自の外交の積み重ねにより、葬儀件数は毎月50件に達し、葬儀専門店として川口市民の誰もが知るところとなりました。昭和44年(1969年)には互助会の開始、結婚式場を作るため動き、時代の変化に伴い日々自身で道を切り開き、休むことなく商人の道を進み続けたのです。


 3人の職員、1組の葬儀の祭壇、電話機2台からはじまった小さな葬儀店。この小さな葬儀店を舞台に苦しい時代を生き抜いてきた創設者の偉業は、現在のアルファクラブグループの繁栄の礎となっています。人を愛し、仕事を愛することで、会社の繁栄を追求し続けた精神は、今もなおこうして職員とお客さまの心に生き続けているのです。


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